最終更新日:2018/11/15
最近、北海道内のニュースでJR北海道の赤字路線廃止方針について触れられない日はありません。
「どさんこワイド」をはじめとするワイドショーやNHKのニュースなどでも頻繁にこの話題が取り上げられています。
鉄道路線廃止は道民の生活に直結するだけに、皆関心が高いようですね。
そんな中で、廃線方針の対象となっている「JR留萌線 深川―留萌間」について、地元自治体である深川市の山下貴史市長がJRとの協議会設置を拒否したことがニュースになっていました。
このニュースを聞いたとき、「JRとの協議を拒否するなんて随分頑なな態度だな」と思いましたが、同時に山下貴史市長についても興味を持ちました。
そこでこの記事では、山下貴史深川市長がなぜJRとの協議会設置を拒否したのかについて、彼の経歴やそこから読み取れる政治的信条から考察してみます。
私の考察が正しければ、山下市長は首尾一貫した政治的信条を持った人物であり、JRとの協議会を拒否したことにも理由があるのです。
出身高校や大学はどこ?
山下貴史氏は、1952年10月24日生まれの64歳です。
出身地は北海道留萌市で、育ったのは幌加内町だとのこと。
深川市長をやってるくらいですから、てっきり深川市出身なのかと思っていましたが違ったのですね。どうやら深川市との縁は高校時代からのようです。
山下貴史氏は1968年に北海道深川西高等学校に進学します。
深川西高はJR深川駅にほど近く、ちょうどJR留萌本線とJR函館本線が合流する場所のそばに位置するは男女共学の公立高校です。
ちなみに、深川市と留萌市を結ぶ留萌本線が開通したのは1910年のことですから、山下貴史氏の高校時代も留萌本線は身近な存在だったと推測します。
さて、この深川西高校は、当時の偏差値こそわかりませんが、2017年度現在の受験偏差値は47です。
これは北海道全体で見ても決して高いとはいえない数字であり、決して進学校とはいえません。
しかし山下貴史氏は、見事この高校から東京大学法学部へと進学しています。
これは高校時代によほど独学で勉強を頑張ったのだと思います。
当時はインターネットもなく受験情報も少なかったでしょうし、受験生の人数も多かったはずですから、地方から東大に合格するのは明らかに今よりも難易度が高かったでしょう。
よほど頭がいいか粘り強く努力できる人でなければ、東大合格なんてできないと思います。
私は「粘り強く努力できる」ことがリーダーにとって必須の能力だと思っているので、山下市長の学歴を知って感心しました。
大学卒業後の経歴は?
山下貴史氏は、1976年3月に東大法学部を卒業し(一浪したか一留しているみたいですね)、同年4月には現在の農林水産省である農林省へと入省します。
そこで1999年までの23年間、官僚としてバリバリ働いていたようです。
本省勤務以外にもベルギーの日本大使館で一等書記官として働いたり、国際経済課長を歴任したりと、国際経験も豊富みたいですね。
農林水産省を退官した理由は衆議院選挙に出馬するためであり、2000年の衆院選に自民党公認で出馬します。
ところが職を辞して出馬したにも関わらずこれに落選。さらに、再び出馬した2003年の衆議院選挙でも小選挙区の北海道10区で再び落選します。
どうにか比例代表の北海道ブロックで復活当選したものの、かなり苦戦したようです。
ところが、これだけの苦労をして衆議院議員になったものの、2005年の衆院選(郵政解散の後の選挙)では再び落選してしまいます。
これは郵政民営化法案に反対票を投じたことが影響したようです。
当時のことを覚えている人も多いと思いますが、郵政民営化は小泉総理にとって宿願でしたから、造反した自民党議員に対して公認をしなかったり、別の刺客候補を送り込んだりしました
反対票を投じた山下氏も当然公認を得られず落選してしまったのですね。
このように国会議員の地位を失ってしまったわけですが、政治への意欲は失っていませんでした。
2006年に起こった官製談合事件を受けて深川市長だった河野順吉氏が辞職し、その後行われた深川市の市長選挙で、無所属ながら見事に当選したのです。
なんというか、困難でもくじけない粘り強さを感じますね。
議員としての地位を失ってでも政治信条を貫いて郵政民営化に反対した山下氏の心意気が、深川市民に伝わったのかもしれません。
まあ、官製談合事件を起こした市長の後任としては、自らの政治信条を貫いた政治家の方が魅力的に思えても不思議じゃないですよね。
その後は特に問題もなく深川市長の職を務めており、現在まですでに9年間市長職についています。
おそらくそれだけ市民から支持されているのでしょうね。
基本的な政策は?
深川市のサイトを見ると、市長からのメッセージが掲載されています。
それを見ると、山下貴史市長は農業政策に特に関心があるようですね。
深川市を米や蕎麦をはじめとする農畜産物の全国的な供給地としたいというビジョンのもとに、様々な政策を行っているようです。
たとえば、2011年には米などの穀物を大量集荷、乾燥、貯蔵する大規模施設「深川マイナリー」を増築しています。
これは米の精米作業や保管作業を一元管理することで、各農家の負担を軽減するとともに、深川産米の品質を安定させ、米のブランド化を促進していくことが目的の施設です。
また、農業と無関係に生活してきた人たちの新規就農を促すための、「アグリサポート事業部」という部署を深川振興公社内に設置することもしています。
これは高齢化して後継者不足に悩まされている農業就労者を増やし、同時に深川市の人口減少を食い止めようという意図もある政策だと思います。
こういった農業政策に力を入れているのは、山下貴史市長が元農林水産省官僚だったことと関係があるのかもしれません。
また興味深いのは、山下貴史市長がアメリカやヨーロッパのケースをきちんと把握し、法人による農場経営に疑問を抱いているらしいことです。
時事ドットコムに掲載された2012年のインタビュー記事によれば、山下市長は次のような信条を持っているとのこと。
「ヨーロッパやアメリカなど世界を見ても、一番粘り強く農業を支えるのは家族経営」
引用元:山下貴史・北海道深川市長(リンク切れ)
こういう信条の持ち主となれば、法人経営農家による作物が大量に入ってくるであろう当然TPPに対しても強い危惧感を持っているはずです。
実際に、2013年には定例会において、TPPの農産物の関税撤廃が実現した場合は道内の農業や経済への影響が計り知れないので、そういう事態は避けねばならないという認識を示しています。
そういえば、かつて反対票を投じた郵政民営化も、国家の機能を自由競争による市場原理に委ねるという意味で、「小さな政府」を志向する新自由主義的な政策の代表例です。
つまり、山下市長の政治的信条には、「なんでもかんでも民営化して市場原理にさらせばうまくいく」という昨今の新自由主義的な風潮に対する疑問が一貫して存在しているように私には思えます。
なぜJR廃線の協議会設置を拒否したのか?
さて、そんな山下貴史市長がなぜJR北海道の要求する留萌線沿線自治体協議会の設置を拒んだのでしょうか?
そもそもこの協議会は、JR北海道が「JR留萌線 深川―留萌間」の廃線を基本路線とした上で、その代替策としてバスへの転換を促すために自治体を話し合うというものですが、山下市長は次のようにコメントしています。
「北海道の鉄路の将来をどうするかという総論の議論を経ないと、個別の路線の協議に入ることはできない」
「道が前面に出て、仕切り役になってもらわないと困る」
つまり、この問題は「ごく少数の沿線自治体の住民が困る」というレベルの話で済むことではなく、将来に渡って北海道の鉄道政策をどうしていくのかという大きなビジョンが問われているのだと山下市長は考えているのですね。
だからまずは北海道が積極的にこの問題に関与するべきであり、自治体と一営利企業のニ者間だけで決めていい問題ではないのだ、と。
こうした意見が出てくる理由は、先程述べた山下市長の政治的信条、「極端な新自由主義的政策への疑問」を補助線とすればすんなりと説明ができます。
この意見には、鉄道という国民生活に直結する事業を営利企業が持つことへの疑問が根底にあるのです。
営利企業としての判断ならば、JR北海道による赤字路線切り捨ては合理的であり、文句を言われる筋合いはないかもしれません。
しかしそれで本当にいいのか、ということです。
もともと、過疎地域におけるインフラ事業のような採算性の低い事業は、営利を求めない国家の任務とされてきました。
それを国鉄の民営化によって市場原理に委ねてしまったことの問題がまさに出てきているわけです。
世の中には市場原理を導入すべきではない事業分野もあるわけで、極端な新自由主義的政策はそこを蔑ろにしがちなのが問題なのですね。
(たとえば、警察官に成果主義を導入すれば事件の捏造が起こる、などの現象はまさに同じ問題です。)
おそらく山下貴史市長はこのような問題意識を持っているのだと思います。
今後も少子高齢化による人口減が進みさらなる廃線が増えるとすれば、似たような問題は次々と発生してくるでしょう。
そうなったときに各自治体に丸投げするのではなく、北海道というより大きな行政主体が責任を持って取り組むべきだ。だったら今から統一的なビジョンを持って北海道が介入するべきではないのか。
そういう問題提起を山下市長は行ったのですね。
こういった発言を無責任だとする批判もあるようですが、私にはむしろ政治家としての一貫した態度だと感じられました。
なお、JR北海道の経営再建問題と新自由主義との関係については、こちらの記事でも触れています。
⇒ JR北海道の赤字経営を再建するには?国有化が地方再建への鍵
まとめ
- 山下貴史市長は、決して進学校ではない深川西高校から東大法学部卒へ入学するなど、粘り強い努力家だと思われる。
- 農林水産省を辞めて政治家になってからも、郵政民営化に反対したり、農業政策に力を入れつつTPPに危惧感を表明したりと、一貫して極端な新自由主義に慎重な姿勢を採っている。
- 今回のJRとの協議会を拒否した件についても、過疎地域における鉄道インフラに北海道が介入しないことへの問題意識が垣間見られる。そしてその問題意識は、彼の政治的スタンスからすれば自然な行動である。
なお、山下市長が「新自由主義への慎重な姿勢」を持っているというのは、彼の行動や経歴などから私がそのように解釈したという推測なので、間違っていたなら謝ります。