今年もスキージャンプのシーズンがやってきました。
ワールドカップ2015/16の第9戦が12月19日に行われたのですが、そこでスキージャンプ界のレジェンド葛西紀明選手が3位に入賞しました!
葛西紀明選手といえば北海道上川郡下川町出身の道産子ですから、北海道民としてはテンションが上がるニュースです。
しかしスキー競技をあまり見ない人の中には、なぜ葛西紀明選手が「レジェンド」と呼ばれるのか不思議に思っている人もいるかもしれません。
そこでこの記事では、葛西紀明はなぜスキージャンプ界のレジェンドなのか、そしていつからそう呼ばれるようになったのかについて解説していきます。
葛西紀明がレジェンドと呼ばれる理由とは?
これは一言で言えば、長期間安定して一流の結果を残し続けていることが理由です。
葛西紀明選手は1972年6月6日生まれであり、2015年現在で43歳です。
ワールドカップにデビューしたのが当時最年少記録だった16歳6ヶ月ですから、以後27年以上のキャリアを誇っています。
これは世界的に見ても驚異的な数字です。
しかもただ単にジャンプ選手としてのキャリアが長いだけではなく、常に結果を出し続けています。
たとえば、葛西紀明選手が日本代表として出場したオリンピックは以下のとおりです。
アルベールビル(1992年)
リレハンメル(1994年)
長野オリンピック(1998年)
ソルトレイクシティ(2002年)
トリノ(2006年)
バンクーバー(2010年)
ソチ(2014年)
国家の威信をかけて戦うレベルの一番高い大会が冬季オリンピックです。それに7回も出場している選手は世界中を見渡しても他に存在しません。
葛西紀明選手はオリンピック出場の世界最多記録保持者なのです。
さらに葛西選手の持つ世界記録はこれだけではありません。
2014年2月17日にソチ五輪男子ラージヒル個人にて銀メダルを獲得したことで、冬季オリンピックのスキージャンプ競技最年長メダリスト(41歳256日)としてギネス登録されました。
さらに2014年1月11日にワールドカップ史上最年長優勝(41歳7ヶ月5日)を達成し、海外でも大きく話題になりました。当然ギネス登録もされています。
なお、この記録は11月29日にワールドカップ第3戦で優勝したことで、さらに更新されています。
こうした記録を作るためには、肉体的な衰えに負けない身体ケアと技術発展に取り残されないための弛まぬ努力が必要になります。
そういう過酷な努力を何年も続けてこられたメンタルの強さが何よりも驚異的ですね。
実際にスキージャンプ選手の中でも、40歳を超えて現役でいようとする選手自体が少ないのです。
ソチ五輪で優勝したポーランドのカミル・ストフ選手でさえ、40歳になる頃には「引退後の人生を楽しむ」していると断言しています。それだけ練習がきついのでしょうね。
このように、長いキャリアと現在でも表彰台に上れる実力の高さ、そしてそのための練習を可能にする精神力こそ、葛西選手が「レジェンド」と呼ばれる理由なんですね。
いつからレジェンドと呼ばれるようになったのか?
これは比較的はっきりしていますね。
ソチ五輪での個人で銀メダルを獲得したときに海外でも大きく報じられ、それを受けてメディアがしきりに使用するようになった記憶があります。
また、ワールドカップ史上最年長優勝も同じく2014年だったので、この2つのニュースを通じて「レジェンド」という呼び方が一般にも定着したのですね。
実際に、2014年の流行語大賞トップ10にもランクインしていたので、日本人の間ではこの年から「レジェンド」と呼ばれるようになったと考えて良いと思います。
2015/16シーズンも最年長記録を更新中!
冒頭でも触れたように、今シーズンも葛西紀明選手は第一線で活躍しています。
実はこのワールドカップ3位入賞によって、自身の持つW杯最年長表彰台記録を43歳6ヶ月へと更新しているのですね。
もはや何をやっても最年長記録更新じゃないかという印象ですw
しかし冷静に考えると、個人スポーツの国際大会で表彰台に上るのは、長く続ければ勝手に更新できる記録ではありませんからね。
本当に尊敬できるアスリートですよ。
今シーズンも始まったばかりですし、以後調子を上げていけば再び最年長優勝記録の更新が期待できるかもしれません。
葛西選手にはぜひ頑張っていただきたいですね。
まとめ
葛西紀明がレジェンドと呼ばれるのは、
- 長期間第一線で活躍してきたキャリア
- 衰えを感じさせない数々の最年長記録
- そのための練習をを可能にする精神力
こうした点が尊敬されているから。
【スポーツ記事】
⇒ 函館マラソン2016の日程とコースは?